dedpの思いつき哲学

何か思いついたものそのまま書きながら考えたり。過去の黒歴史ノートが火を噴いたり。

電車シリーズ 満員電車にて

帰宅途中の満員電車にて・・・・

 

静寂の中 ふと変調を迎える。

 

モータ音が低い音に変わり速度が落ちる。それと同時に

これまた奥ゆかしい声のアナウンスが流れる

「xxxの駅に着きます。xxxの駅に着きます。

右側のドアが開きます。危ないので注意してください。 

電車とホームには段差がある場合がありますご注意ください。

傘をお忘れではありませんかご注意ください。

次の到着駅xxxの駅です。新幹線に乗り換えの方は・・・・」

 

このアナウンス自体に関しては私の力では書ききれない所を含むのでここでは捨て置く。

 

とりあえず言いたいのはこのアナウンスが流れると車内に緊張感が走る。

座っていて次の駅に降りるものは人一杯の通路を潜り抜ければならない。

また通路の人々は限られたスペースの中それを阻害してはならない。

またドア前の人は一度降りるか そのまま避けるかという判断を下さなければならない。

この集団行動に対して粗相(そそう)を起してしまうと、一大事である。

次の電車までの15分の間周りからのプレッシャーに耐えなければならない。

日本人ではあれば耐えられない圧力を一身受ける。「恥」である。

 

しかし事はそれだけでは済まない。

「空いた座席に対する処理」である。

 

この時間帯の乗車している者は、皆、サラリーマンという戦士達が会社という戦闘空間において鎬を削った後の身である。

休息しての「座席に座る」という権利は誰だって喉から手が出るほど欲しい。

えもすれば仮眠をとるということも可能で、次の日の体調にも左右しかねない重要な休息行動がとれるのだ。

 

だがそれは皆同じである。 そして、皆同じであると判っている事を皆判っている。

 

故に容易く手を出すことは出来ない。 うっかり目の間の甘露に釣られて周りを見ずに「空いた席」に座ったとしよう。これもまた周りの無言のプレッシャーに晒される事になる。

15分間である。

 

休息などままならぬ、精神的疲弊と苦痛の15分となろう。

また周りにご老人など居れば一大事どころではない。その時あなたは完全な「悪」となる。無条件で完全なる悪で 愚か者との烙印を押される。それを返上することは決して出来ない。

周りの無言の言い分はこうだ

「私も大変疲れている。昨日は3時間しか寝ていない。また残業2時間、サービス残業2時間をこなして疲労困憊の少し上の状態にある。席にすわり目を閉じて休息をとる必要は少なく見積もって君の2倍はある。しかし、日本道徳において老人に席を譲るという基本事項を厳守するために、この心身に鞭を入れて15分立つという選択を私は選らんだ。君はそれをまったくの無為にした。」

という無言の男達に囲まれて 次の駅まで15分耐えしのがねばならない。

侍であればハラを切るシチュエーションである。

 

上記の状況は

物書き特有の誇張表現であればいいのだがほぼ事実であり、余白はない。

 事実は常に小説より奇なのだ。